梅田の丸善ジュンク堂で開催された、「自己責任を解きほぐす-竹端寛『福祉は誰のため?』刊行記念」イベントに念願叶って参加。雑想メモ。
登壇者は竹端寛先生と、勅使川原真衣先生。日程は文化祭1日目の業務終了後、しかも金曜の夜…ということで、参加できるかかなり怪しかったけど、何とかかんとか梅田へ。連れ合いが子どもの面倒を一手に引き受けてくれたのでありがたし。
実はふたりとも、ずっと話を聞いてみたかった方々。勅使川原真衣先生の著作はほとんど読んでいて、職場でも『「能力」の生きづらさをほぐす』(2022,どく社)を生徒に紹介したり、同僚にもいくつかの著作を紹介するとプチブームが起こったり。能力主義、主体性…といったキーワードが気になってここ数年は教育社会学の本をけっこう読んでいたこともあり、自分の中では存在感がかなり大きかった。おまけにご本人とはTwitter上でも何度かやりとりさせて頂いて(すごくマメな方で、ありがたいことにこちらのことも覚えて下さっていた)、いつかお話聞きたいなぁと思っていた。
竹端先生はオープンダイアローグのことなどを勉強する過程で、ご著作を色々拝見。20代からずっと「福祉」を考えざるをえない環境にいたので、これまで連れ合いと二人で一緒に考えてきたことが理論と結びついていく読書経験だった。

『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(2024,東洋館出版) では勅使川原×竹端の対談がかなり強烈に展開されているのだけど、刊行記念イベントは本の対談そのままだった。ともすれば理想論と切り捨てられる議論に、竹端先生がドキリとする質問をぶち込む。勅使川原先生は熟考して返したり、明示しなかったり。お二人とも理論家でありつつ実践の人だなと思う。わからなさの中を探っていく。
心理的安全性、オープンダイアローグ、能力主義、学校化社会、ケア、実存、他者…。自分が教育に携わったり、介護したり看取ったり、子ども生まれたり育てたりする中で、ずっと頭にあったキーワードが次々と2人の口から飛び出して、でも答えは示されなくて、聞きながらずっとぐるぐる考えてしまった。
とりあえず一つ、言葉にした質問が「変われない学校のしんどさ」。2人の著作は社会を扱いつつも、しばしば学校教育が舞台となる。学校が能力主義再生産の場になっていることは、自分もよくわかってるので、業界的な責任みたいなものも感じる。「おかしいよね」という同僚や同業者もたくさんいる。しかし、学校教育現場をめぐるシステムや構造に、その声はかき消される。教職で働く実存は置き去りになる。どうすればいいのか…。
その問いに、 勅使川原先生は「上(社会)から変わるべき。水は高い所から流れる」と答えた。教育現場の人間には救いの言葉だ。社会が変われば、その要請に応じて教育は変わる、と。そうだろうなと思う。僕らはいつも、学校教育の「出口」を言い訳に、免罪符に、目の前のいかんともしがたい状況になすすべがない、と思っている。教育の独立性は課題だが、社会の要請の下に高等教育機関の要請があり、その下に中等教育機関が位置づけられる。水は高いところから低いところへ流れるのだ。
他方で竹端先生は「下(学校)からも変われる」という。子どもは批判的に考えられる、大人はわからないと、子どもの目の前でオロオロすればいいと。教育に対するこの構えは、竹端先生の言葉の端々や、著作に通底している。学校で勤めると実感する。子どもはよくわかってる。大人のいう能力談義の茶番を、不安を見抜いている。見抜いてお付き合いしてる。子どもはしたたかだ。だから僕らがちょくめんするしんどさを変えたければ、「上」と「下」の両面からになると。
自分は下の現場で粛々と、子どもに「どう在りたいか」を問い支援するだけだと腑に落ちた。これまでと変わらない。したたかな生徒たちと、図書館という場や、探究学習という機会で、「そうやんな」「わからんな」「なんなんやろな」「腹立つな」と、建前でないホンマの話をすればいい。そうしているうちに、色んな事例が生まれて、周りの人や状況も少しずつ変わって、そのうち「上」の動きでもっと大きく変わったりするのだろうと。
そんなことを、勅使川原先生が何故かおもむろに渡してくれた飴ちゃんを舐めながら、帰りの南海電車で考えたのだった。
後日談。
当日、勅使川原先生にうちの生徒の作品集(聞き書きエッセイ)を献本したのだけど、後日Twitterでとり上げて下さった。嬉しすぎる。初年度の作品集にもTwitterで反応を頂いてたので、献本したいなぁと思っていたのだけど、素人の編集のZINEだし失礼かなと二の足を踏んでいたのだった。持って行ってよかった~。
竹端先生もコメント下さった。ほんとはげみになる。僕自身の「持ち場」で、僕は何ができるんだろうか。教育や、子育てや、介護のさなかで、他者と共に模索し続けられるだろうか。