もう何年も前、総合型選抜を受験した生徒の話。中高一貫して「食」をテーマに探究し、麺食文化の起源、イタリアの食文化保護、グローバル化における食文化の変容・融合…など、食に関することはなんでも面白がって、本を読みまくった。専門家に取材した。その経験を生かして選抜に挑戦した。僕が授業担当でなくなったあとも図書館をよく利用してくれていて、作文や面接対策など、総合型選抜に向けたサポートを個人的に行っていた。

 大学入試のよもやま話でいちばん面白かったのが、口頭試問直前に面接会場前の廊下で待機していた時のことだ。 他の志願者はみんな面接対策本や塾のテキストを必死に読んでたのだが、彼だけは中学3年の卒業論文で世話になった参考文献、石毛直道(1991)『文化麺類学ことはじめ』を読みはじめて止まらなくなったのだという。

 その話を聞きながら僕は本当に嬉しかったのだけど、冗談めかして「あほやなー、なんで面接直前にそんな本読んでたんよ」と聞いた。彼自身も笑いながら、「わからないけど、なぜか持ってきてしまってて…」と語った。

 ひょっとしたらあの本は、彼にとっては「御守り」みたいなものだったのかもしれない。中学3年、卒論のテーマに悩んでいたあの時、学校図書館での文献探しで、確かに彼はその本を手に取った。そして食文化研究の世界を拓いた。彼にとってはどんな入試対策本よりも、石毛直道によるその著書こそが、入試のその時、その瞬間に一番重要な本だったんだと思う。自分をその学問分野に導いてくれた本だから。

  探究学習の意義や、身に着く能力や、それに伴う進路開拓なんて話題が議論にのぼるとき、僕はいつもこの話を思い出す。というか、この話に限らない、うちの学校図書館で学んだ無数の生徒の学習経験を思う。立派な論文書いたとか、入試が上手くいったとかでない。「で、君は何がしたいわけ?」と問われ、悩んだり思いつかなかったり、大切な本や著者と出合ったりする経験そのものこそが、探究学習で唯一大事だと確信できるからだ。